14万4千人…。

それが人間世界が始まってから、地球上最後の父とイエスを受け入れる本当に最後の人々であり、また父なる神、子なる神に最後に認められた人々であり、その最後の真のクリスチャンは、生き残った最後のユダヤ人の中から選出された人々であり、これが完了することで、神と、神の長子と、祭壇の下で待ってる人々と、私達の忍耐は完了する。この地球での実りの人数はそれで完了する。

そしてこの14万4千人が最初に新しい世界の住人として扉をあけてもらえ、最初に迎え入れられる。ここからは復活を待っていた白い衣を与えられた人々や、神様から派遣された正しい預言者達や、エリヤ、モーセ、ヨセフ、ヤコブ、イサク…と、順々に多分なるでしょう。

と、言うことはアベルが一番最後になるのかもしれません。祝福と言う契約をもらった最初の人がアベルならば、彼が最後になる。そうですよね…アベル、ずっとずっと待ってるよ…いやいや、これは多分そうだと個人も思えるわけです。アベルが神様とイエスの次に忍耐している。

最後の人々が最初になり、最初の人々が最後になる。

この最後の選ばれたユダヤの人々が初穂になるように、最後の者が最初になり忍耐で待っていた人々が待っていた分最後まで待ち、やっと待機から解放される。と言うわけだと、そう書かれているので素直に私もそう思えます。

ダニエルだって今は待っていなさいと言われているでしょう。待って時が満ちたら復活して、貴方の受ける分を受けなさいと。

みんな復活してその報酬を順々に受けていく訳ですね。

ですから『14万4千人しか助からない』とか言うのは全くの誤りです。また選ばれた人々は血筋にはよらないのです。全世界中、このイエスを信じる事で父と繋がる人々が大勢いる中で、最後に受け入れた人々は、なんとそれは民族としてはユダヤ人だった…そしてそれは14万4千人だった…。または、その選ばれた最後の大勢の人々の中、その多くの民族の中でユダヤ人の中からは14万4千人だった…。と言うことの場合もあると想われます。

しかしながらこれからの福音、新しい歌を学んだのは14万4千人だけだった…ですから、やはり、待っている人々はこの時、全てが肉体の衣ではない状態にあると思います。肉体の人生、lifeで恥じ、それらの個々の艱難により、命を得て、肉体の人生を終えている人々、ということになるかと思います。殉教される方々もおられますし、年老いて肉体的に亡くなられる方もいらっしゃるかと思います。



と、言うことです。

また、この後、神様の真のイスラエルが完成した後で、地を受け継いだ人々は、その国の中を行き来する違う民族の人々のことも書かれています。ですから14万4千人だけではあり得ませんし、また血筋のユダヤ人だけでもありません。モアブの子孫もパロの子孫も、旧約を読めば色々救われ方が書かれていますし、何より、異部族の人々にとって、イエスが福音で教えてくださっている。神様のイスラエル内部でも、あんまりな人々は神殿には入れないし、例え思い直したとしても、エフライムは過ちが多かったので門番です。全てのエフライムではありません。多くの踏み外したエフライムのうち、思い直した数少ないエフライムさん達です

黙示録でエフライムが抜けているのは、彼らはヨセフへ帰るからなんですね。それは旧約にその秘密は既に書かれている訳です。

ですから14万4千人しか助からないとか、ユダヤ人しか助からないとか、または異部族の人々しか助からないとか、それらは読み解き方を何処かで誤ったのであり、全くそうでは無いのだと、気付いて下さい。

私も本当に良く間違えますので別に石を投げているのではありません。

逆に血筋のユダヤ人だから正しいでも、勿論ありません。掟を破った人々は、または理解しなかった人々は、モーセも神様も止めたのに、敵陣に攻め登り、神様の加護が無いのにあると言い張って、滅んでしまいました。ユダヤ人だからといっても確実はないのです。あんまりひどいならば、契約破棄もあると言うことです。メルキゼデクは異部族の方でした。しかしながら契約をもらっています。

契約を頂けるか、祝福されるかは、民族や、血筋によらないのです。それは実は旧約でもそうなんですね。

さて、待ってる人々は、14万4千人でもありません。イサク、ヤコブは、モーセらは、神の神殿に触れている人々であり、また結婚もし、子も生まれている。預言者達も勿論神殿に触れているし、また結婚してる人々も沢山います。ですから、『彼らは女に触れたことの無い純潔な者たちだった。』に、少なくとも当てはまりません。またモーセらは死んでいません。ただ人間的な肉体では無い形で生きており、今も待っているんですね。この14万4千人はまだ生まれていない人々かもしれませんし、もうこの世に生まれているかもしれません。集められているかもしれませんし、まだ集まりきっていないかも知れません。また汚れた宗教に触れていない人々でありつつ、また今までイエスや神様が本当にいると、確実には認めていなかった、触れたことの無かった人々と、言えるのでしょう。

それらの人々が初めて真の神様を、真の神の言、イエスを、初めて受け入れるのです。
こう言う今まで頑なな人々が、言わば生粋の筋金入りの頑固者が信じ出すと、本当に絶対に裏切らない人々に意外となるんですよね。彼らは何処までも何処までも、あがなわれた小羊についていくんでしょう。

その信じると言うことに疎かった人々が初めて、信じる。本当に信じる。

それは未来の確証を得る。または未知の確証を得る。それが『本当の信じる』と言う事。間違った事を盲信する事は本当の信じるではありません。ですからプロパガンダやマインドコントロールは本当の信じるではありません。洗脳も本当の信じるではありません。本当に本当に未来の確証を得たり、本当の神の真実を何かしら得ることです。それが本当の信じるです。ですから、信じているつもりで自分に人に言い聞かせている事も本当の信じるではありません。

と言うわけで、彼らが父なる創造主神と、神の世界を造るための言、神が最初に生まれさせた子である神、イエスを、本当に心の底から信じる事で、本当の信仰に気付き実ることで初めて満了へと向かうことに、なります。

それらの最後の人々は誰か、、これは自分で言い張っても無理だと思います(証人が自分しかいないならば。または、貴方は偽証してはならない。)。大丈夫です。何も心配は要りません。それは神様がイエスが、み使いさん達が証してくれます。その証人は、父と、御子が皆の前でその名をきっと言い表してくれるでしょう。

それは今は、方々にまだ散らされているかもしれません。もう集まっているかもしれません。しかしながら今現在は、たとえユダヤ人だからと言っても、全てが神様を信じている訳ではありません。

とあるユダヤ人の方が作ったとあるドキュメントでは、その作った本人が現代的な文明人であり、まさに現代っ子と言えます。全く神様と言う概念を、本当に全くと言っていいほどに信じていない方であり、そんなユダヤ人の方も沢山いるわけです。インタビューをしているこのユダヤ人の方が、逆にインタビューを依頼されて質問を受けている方に『おいおい、君は何でそんなに有名人になりたいとか、人気のyoutuberになりたいとか、そんな事を言っているんだい? 私が嬉しかったのは、神様の恵みを受けた事で、有名人になったとかそんなことはどうでもいいんだよ。そう言う事を考えるのはやめた方がいい。』と逆に指摘されたりしています。

また、今現在のイスラエルに住んでいるからと言って、そのすべての人々が神様を本当に受け入れている訳でもありません。カルマを信じている人々もいるし、独自の自然崇拝哲学みたいなのを持っている人々もいます。

この時の集められるユダヤ人にとって、こう書かれています。

エゼキエル書
36:22わたしがすることはあなたがたのためではない。


これは起こらなければならない出来事であり、また世界中の人々の内、それは本当にそうなったと知ることで、神様って本当にいるんだと皆さんに気付いてもらうためです。ですから、完成形ではないんですね。この後です。本当の神様の国イスラエルは。


でありつつ、話を戻して、こういった人々も実際今のイスラエルにいるわけですね。彼らにも勿論、神様は助け船を出しています。今のあなた方は、思い直すべきだと。

それらのそんな方々が一度受け入れると、本当に激変するんですね。しかし人生にひょうひょうと生きている人々ではありません。何で肉体の人生ってこうなんだ…または意味も解らないながら導かれている人々であり、人生の艱難を経験している方々や、これから経験していく方々かと思われます。

なぜならばイエスは、心の罪人や心の病人を招きに来て治癒するために来た、からです。
何時も傍らにいるのに気づいていない。本当に忍耐しています。愛情を降り注いでいる。

何故ってあなた達も、イエスの子だからですよ!

それでは(sun,mar,1,2020)